タケミナカタの抵抗
高天原の武神とオホクニヌシの子が繰り広げる熾烈な力比べ
◆オホクニヌシの子が最強の武神に挑む
アメノホヒ、アメノワカヒコと、国譲りの交渉は、立て続けに失敗に終わる。『古事
記』のみならず『 書紀』にも国譲りの記述は見られるが、『 書紀』では、アメノ
ホヒとアメノワカヒコの間に、アメノホヒの子オホソビノミクマノウシも派遣され、この
神もオホクニヌシに懐柔されている。
たび重なる失敗に対し、高天原の神々はついに武力行使に踏み切る。そしてカグツチか
ら生まれ、武力に秀でたタケミカヅチとアメノトリフネの二神を遣わしたのである。
『 書紀』では、剣の神でやはりカグツチから生まれたフツヌシが登場し、タケミカヅ
チはあくまでも副将という立場である。また、『 書紀』には国譲りののち、アマテラ
スの支配に従わず抵抗を続ける神々をタケミカヅチ、フツヌシの二神が武力を用いて平定
する記事が見られ、タケミカヅチは常陸ひたち国鹿か島しま神じん宮ぐうの、フツヌシは
下しも総うさ国香か取とり神宮の祭神となっている。
そんなタケミカヅチは、今までの神と異なり、容赦はない。
出雲国の伊い耶ざ佐さの小浜に打ち寄せる波の上に剣を逆さに立てて、その剣峰の上に
平然とあぐらをかき、高圧的に国譲りを迫るのである。
これに対しオホクニヌシは、国譲りの結論は息子たちに託していると答える。オホクニ
ヌシの子のうち、宣託を司る神コトシロヌシはこのとき御み大ほの前さきに漁に出ていた
が、アメノトリフネが遣わされて呼び寄せられてきた。タケミカヅチが改めて問いただす
と、コトシロヌシはあっさり降伏。柏手を打ち、船を青あお柴ふし垣がき(青葉の柴で囲
まれた聖域)に変え、その中に隠れてしまう。
この神話をもとに、島根県松江市の美保神社では毎年、青柴垣神事が行なわれている。
だが、ほかの息子タケミナカタは、国譲りに反対の意思を示すと、タケミカヅチに対し
果敢にも腕比べを挑んだ。
だが、しょせん力が違いすぎた。タケミナカタがタケミカヅチの手をつかむと、タケミ
カヅチの手は氷の柱となり、剣の刃に変体する。さらにタケミカヅチはタケミナカタの手
を握りつぶして放り投げてしまった。
タケミナカタは勝負を捨てて逃亡したが、タケミカヅチも追いすがり、タケミナカタは
ついに諏訪の地で降参した。そして、二度とこの地から動かないことを誓ったという。
タケミナカタは諏訪大社上かみ社しやの祭神とされ、諏訪湖の御お神み渡わたりも、こ
の神が下諏訪社の女神ヤサカトメに会うために湖を渡ることによって起こる現象とされて
いる。
なお、この国譲りとよく似た神話が十一世紀の西アジアで著された『王の書シヤー・
ナーメ』という本に見える。やはり国譲りを拒んだため、最後に手のにぎり比べで勝負を
決めているのだ。この神話との関連性はまだ解明されていないが、どちらも手のにぎり比
べという点で決めているのはなかなか興味深いといえる。
こうしてタケミカヅチの前に抵抗を試みる者はいなくなった。