メドリの反逆
悲劇の物語と反乱を招いた天皇の恋愛
◆メドリの存在が天皇兄弟を引き裂いた
皇后の度重なる嫉妬にもかかわらず、オホサザキはまた新たな恋心を芽生えさせる。そ
の相手は異母妹にあたるメドリノミコ。オホサザキは弟のハヤブサワケを仲人にして、メ
ドリに求婚した。
ところがメドリはすんなり受け入れない。実は彼女の心は使者としてやってきたハヤブ
サワケにあったのだ。メドリは、嫉妬深い皇后がいるなかでは天皇には仕えられない、あ
なたの妻になりたいと、ハヤブサワケに告白。ハヤブサワケも美しいメドリの言葉を受け
内密に結婚してしまった。
ハヤブサワケからの報告がないのを不審に思った天皇は、自らメドリのもとへと赴く。
だがそこで衣を織るメドリの歌に示されていたのは、そのふたりが結婚したという事実で
あった。お前が織る布は誰の衣になるのか、というオホサザキからの問いかけの歌に対
し、メドリは、
高たか行ゆくや 速はや総ぶさ別わけの 御み襲おすひ料がね
と答えたのである。
天皇が望んだ女性を横取りしようとする行為が謀反に当たるのは当然である。メドリは
やはり危険を察したのであろう、
雲雀ひばりは 天に翔かける
高行くや 速総別 鷦さざ鷯き取らさね
というメドリがハヤブサワケに皇位奪取を促す歌を歌っている。
『 書紀』では「ミソサザキ(仁徳天皇)とハヤブサ(ハヤブサワケ)とではどちらが
速いだろうか」などとハヤブサワケが天皇に対する不敬を働いているが、『古事記』では
あくまでメドリが主体となっている。
天皇を自らの意思で袖にして、別の男に皇位簒奪をそそのかす女性。そこにはメドリの
強い意思が働いている。『古事記』ではメドリの生き方を題材のひとつとして描いている
のである。
ともあれ、メドリが歌った歌は、ほどなくオホサザキの耳に入り、彼はメドリとハヤブ
サワケのもとに追討の軍勢を遣わす。
ふたりは手に手をとって倉くら椅はし山やまへと逃げ込んだ。ハヤブサワケはここでメ
ドリといれば辛くはないという歌を二首残している。そのままふたりは山を越えて逃げる
ものの、大和国から伊勢国へ抜ける途中、宇う陀だの蘇そ邇にで追いつかれ、ついには殺
害されてしまうのである。
なお、この戦いには後日譚がある。ふたりを追った軍を率いていたヤマベノオホタテは
メドリの遺体から腕輪をもぎとり、自分の妻に与えた。
妻はその美しい腕輪をこれ見よがしにつけて宮中の宴に出席した。
これを見咎めたのがオホサザキの嫉妬深き皇后イハノヒメである。
イハノヒメはただちにヤマベノオホタテを呼び出すと、臣下の身で仕えていた御子の腕
輪を肌のぬくもりが残るうちに剥ぎ取り、妻に与えるとは何事かとなじり、処刑したとい
う。
イハノヒメの情に篤い面を垣間見ると同時に、臣下を独断で処刑できる権力の強さもう
かがえる。